学園プリズン

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  プロローグ side直  

 レイジが戻ってこない。

 頼りにならないとは常日頃から思っていたものの、実際に被害を被っては黙っているわけにはいかない。どうしてすぐ終わる仕事を片付けないでいなくなるんだあの低脳め。
 しかし、今年からはロンが入学するからレイジを探す手間が省けて楽になるな。ロンがいる場所を探しにいけばいい。
 今もどうせ寮に帰ってロンの相手をしていることだろう。単純明快過ぎてこの僕の有り余る知力を使う必要もない。ロンへの溺愛ぶりはロンに初めて会ったその日から変わりない。何事にもすぐ心変わりするレイジにしては唯一の例外だ。
 しかし、生徒会活動に支障が出るのは困る。役に立たないとはいえ、レイジの役職は生徒会長。全ての書類や決定事項は、レイジのサインなしでは提出することが出来ない。
 提出出来ずに溜った書類の端を机に打って揃える。
「まったく、この忙しいときに…」
「直ちゃーん、こっちの進行用の原稿出来たでぇ」
「生徒会長の挨拶も仕上がった」
「ああ。見せてくれ」
 サムライとヨンイルはとても協力的で楽だ。大抵の仕事は申し渡せば、出来はともかく素直に取り組む。まあ、僅かに権利の乱用も見られるが、レイジよりは幾分かマシだ。
 ヨンイルから受け取った進行の原稿を読むと、内容はまともだが途中途中に妙なものを発見する。
「ヨンイル、このBGM初めてのチュウというのは何だ」
「お。さすが直ちゃん、ええとこ突いとるわぁ。これはな、新入生の初初しさと気恥ずかしさを曲で表しとるんや」
「このこっち向いてムーミンというのは…」
「それは新入生が新しい環境に馴染めずにな、こうもじもじとこっちの様子をうかがっとる所や」
 ひとつ確認したいのだが、これは僕をからかうための冗談なのか?それとも、非常識さを欠片も理解していない本気の選曲だとでもいうのか?
 褒めてもらうのを待つ忠犬のような目でこちらを見つめるな。それごときでほだされる僕ではない。躾は成長の第一歩だ。
「…こんな曲を入学式で流せばどんなことになるのか解っているのか?いいか、まず元々最低位であるこの学校の品位と評判は地に落ちる。加えて、全てのイベントを取り仕切る生徒会の評価と教師達からの信頼もまた下降の一方を辿ることになるんだぞ。それがどういうことなのか理解しているのか」
 ヨンイルの顔から血の気が引いていく。やはり、本当に何も考えていなかったのか。悪気がない分対応に困るな。
 いつも煩すぎるヨンイルが耳を垂れた犬のようにおとなしくなる。ちょっと言い過ぎたか。
「ヨンイル、今のは少し僕が……ん?」
 いや、ちょっとまて。なぜか、ヨンイルだけでなくサムライも難しい顔をしているように見えるのは気のせいか?僕の視力がまた下がったとでもいうのか。
 サムライは急にかしこまった様子で僕の目の前に来て立ち尽くしている。一体何だっていうんだ?
「何だサムライ。一体僕に何を隠している」
 サムライは後ろにいるヨンイルと視線を交し合うと、僕の方に向きなおって言った。
「直、実はだな。既に二週間前に、吹奏学部に曲の依頼を…」
「すまん、直ちゃん。良かれと思ったんや」
 吹奏学部に依頼だと?僕が言い与えた行進曲とBGMをわざわざこんな曲に変更したというのか?これは僕に与えられた試練だとでもいうのか?この天才をどうにか困らせてやろうという陰謀か何かか?小癪な策略だ。要望に応えて、完璧に対処してやろうじゃないか。
「分かった。とりあえず、会場準備をしている以外の生徒会メンバーを全員呼び戻せ。僕はレイジを連れてくる」
「おう」
「承知した」
 急いで、吹奏学部に連絡して何か別の練習曲がないか調べなければ。
もし、無かった時のためのCDも必要だ。それを放送委員に伝えて、書類も新しく作成しなければならない。CDを買えば予算の書き換えも必要だ。
 まったく、予算の用紙なんてとっくに提出してしまった。それに、吹奏学部の演奏を聞くために来る来賓もいたんじゃなかったか。
「お。キーストアじゃん、何そんな怖い顔して走ってんだよ。また壁にぶつかるぞ」
 耳によく通る声。男子校だというのに、すれちがう者全てが一度振り返る容姿。だらしのない軟派な着崩し。
 そしてこの世で唯一僕のことをキーストアと呼ぶ男。
 レイジ!!もう全部貴様のせいだ。壁にぶつかったのもお前が僕の眼鏡をかけたままどこかに行ったせいじゃないか。
「お前を探していたんだ。どうせロンの所にいたんだろう。いつも勝手にふらふらといなくなって、生徒会長だという自覚はあるのか?」
 そのへらへらした笑顔。いつもは特に何とも思わないが、イライラしている時に見るとこれほど腹立たしいものはない。
 レイジはその辺りを歩く生徒が見惚れるような優雅な身のこなしで腰をおって、僕と同様の顔の高さまで下がった。
「で、何があった?怒ってる場合じゃないんじゃないのか」
 確かにそれはもっともな意見だ。
「ヨンイルが妙なアニメ曲を入学式の、しかも新入生入場と学校長が話す時のBGMにした。それも吹奏学部に頼んでだ。さっさと他の曲にするかCDにでも変えないと」
「なるほどな。今動けるやつどのくらいいる?」
「今サムライとヨンイルが呼びにいっているが、会場準備のが先決だ。そう集められない」
「大丈夫だって。音楽室から適当なCD持ってくればいい。吹奏学部の演奏を楽しみにしてる保護者連中のために、最後に曲演奏をいれた進行用原稿を準備しろ」
 僕としたことが、危機的な状況に最も適した選択を忘れていた。しかし、こういった柔軟な思考は僕の専門外ともいえる。むしろ、最大の苦手分野だ。
 僕が得意とする思考パターンは、暗記やその応用、論理的なものであり、非論理的で大胆かつアバウトな状況変換には向いていない。よって、僕がレイジより劣っているということでは決してなく、多少レイジと僕の得意分野が違ったというそれだけに過ぎない。
「よっし、じゃあ働くか。サイン必要な書類はそのへんにまとめといてくれ」
「既に、早急を要する書類順にまとめてある」
「ロンのクラスは?」
「もちろん、低脳集団の中でもほどほどに理想的な生徒が多いA組に配置してもらうよう要請した」
「さすが天才。頼りにしてるぜ」
「生徒会の権力を生かせるのはこんな時ぐらいだからな。幼い頃からロンの世話を焼いてきたんだ。クラスを選択するくらい当然だ」
「ロンにだけは激甘だよな。ちょっと過保護すぎるんじゃねえの」
 レイジが口を尖らせて言う。その癖は早急にやめた方がいいな。感情が分かりやすすぎる。
「ふん。男の嫉妬は醜いぞレイジ。僕がロンと幼馴染みというだけですねるのはやめろ」
 いつまでたっても子供な王様だ。ロンと寮の部屋を一緒にしてやっただけでもありがたいと思ってほしいものだがな。
「生徒会長だって、ロンをここに入れるためになったっつーのに」
「お前が好きでそうしたことだ。諦めろ。それともロンに真実を教えて、恩でも着せるつもりか?」
「へーへー。そんなつもりはねぇよ。言ってみただけ。黙って仕事すりゃいいんだろ。この俺が雑用。王様が下働き」
 レイジは見て分かるように肩を落としてため息をつく。廊下を歩いている生徒達が好奇心を剥き出しの目をこちらに向けている。そういえばいつの間にかギャラリーなんて出来ていたんだ?少し声が大きすぎたか。
 ギャラリーの目的であろう生徒会長は、周りの視線に気付いていないようで相変わらず気だるげに「あーめんどくせーなぁ」などと呟いている。
 生徒会の代表がこんな状態だというのに、一役員である自分が今まであくせく働いていたことがバカらしくなってくる。
「権力と引き替えに、全てのイベントの計画と実行を行うのはお前がした公約だぞ。それに付き合わされている役員が言うならまだしも、自分で文句が言える立場か?」
「あー。わかってるよ。ロンのために最高につまらない入学式を準備してやるよ」
「わかっているなら、さっさと音楽室へ行け。ついでに吹奏学部に連絡もしておいてくれ」
「キーストア。王様使い荒すぎねぇ?」
「怠け者の王様には、これくらいじゃあ足りないくらいだ」
 子猫にすっかり骨抜きにされた王様め。ロンを生徒会に入れるつもりなのはわかっている。そうしたら思う存分こきつかってやろう。


生徒の会話

「おい、さっきレイジと鍵矢崎が話してるとこ見たぞ」
「え、マジかよ。ずりぃ」
「で、どうだった?何の話してた?」
「それがな、あんまし聞こえなかったんだけど、音楽がなんだとか、生徒会がなんとかって」
「それじゃ全然わかんねぇよ」
「あー、俺も眼福してぇ」
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