学園プリズン

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  恐怖の身体測定  

 騒いでいた要因が居なくなると同時に、場は充分な静まりを迎えた。
 これで一人だったならば、久方ぶりに静まりかえった生徒会室に心地よさを感じていたことだろう。しかし、今は違う。僕の約5メートルほど後方には、出来る限り音を立てないように心がけているリュウホウが立ちすくんでいる。
 リュウホウは、僕に見つめられてどうすればいいのかわからないのか、ウロウロと視線を漂わせ、最後にはうつむいてしまった。
 奴の性格から言って、ロンに対して悪意的な行動をするとは思えないし、何らかの強制も出来ないだろう。だが、それだけでは足りない。悪ではないからといって、そのものが善であるとは限らない。リュウホウと一緒に行動することで、グループを組むことで、ロン自身が不利益を受ける事柄がないとは言い切れない。いや、ロン一人でいる場合よりも目を付けられる確率は格段に上昇すると考えて良いだろう。

 リュウホウについて、ロンや周囲、また生徒会の権限で借りた学生名簿によって収集した個人情報をまとめてみても、奴には他者にやっかまれる環境が多く見られた。



 リュウホウ
 父親は不明
 3歳の頃に母親が死亡。後に母方の祖父に育てられる。
 12歳の5月に祖父が死亡。後に母方の叔父に引き取られる。
 現在は、本校学生寮にて生活を送る。

 母親は、家を出て恋人と貧しい生活を共にしていた。生活費は母親が賄っていた。
 祖父に引き取られるものの、祖母は既に他界しており充足な生活とはいえなかった。
 祖父との関係は、良好だったもののリュウホウが10歳の時に病気で寝たきりになり、さらに認知症も同時に発症。祖父の世話と学校のみの生活が続く。
 12歳で、祖父が他界しわずかな遺産とともに裕福な叔父に引き取られるが、養子としてでなく同居という形を取られた。
 叔父の家には、15歳の長男と、12歳の長女、9歳の次男がいたが、彼らとの仲は好ましくなかった。また、叔父夫婦との関係も悪く、家族では浮いた存在だった。特に、15歳の長男からはDVを受けていた可能性が高い。

 成績面では、数学を除いて平均点を上回る。
 体育は、不得意で運動面での活躍は期待できない。

 性格は気弱で、内気。また、声が小さく態度を大きく出すことが出来ない。
 人前に出ることを苦手とし、赤面症でもある。
 ストレスを溜めることが多く、それを原因として胃腸に持病を持つ。
 小学校では、いじめにあっていたという証言もあるが、事実かどうかは不明。
 本校へ入学後。友人は同クラスのロンのみ。
 寮の同室者は道了。……よりによって道了か、その他大勢の金持ち不良と違って厄介な相手だ。その他の誰でも良かった時に限って、その唯一に当たるのはどうしてだ。




 この調書を見る限り、壮絶な過去を持っていることはわかる。しかし、それがイコールでその者の人格に繋がるという浅はかな偏見を抱えているわけではない。

「あ、あの、」

「…なんだ」

 リュウホウは、小さい声で呟いただけだったが、場の静けさによってその声は充分に響いていた。自分自身で出した声に怯えて、目を潤ませるのは勝手だが、言いたいことがあるのならばさっさと発言すべきだ。
「用件を簡潔に述べろ」
「は、はい。僕は、何をしたらいいでしょうか」
「…ああ、このフラッシュメモリに去年の用紙を作った際のデータが入っている。これを全員分コピーしてもらう。クラス毎に配分するから、枚数は考えて刷るんだな。僕は、まとまった用紙を配る」
「は、はい。わかりましたっ」
「ついてこい」
 リュウホウを引き連れて、印刷室に向かう。
 奴はまだ学校内の地図を理解していない。よって、僕が配る方が効率的だろう。
「いくつか聞きたいことがある」
「…何、で、しょうか」
 緊張が先走り、何度かリュウホウが口ごもる。顔は、先ほどから真っ赤なままで平常とは言い難い。
「学校生活についてだ。誰かに暴力または強請、偏見、恐喝等、いじめととられるような被害を受けているか?」
「………え」
 真っ赤だったリュウホウの顔が、青白く変化する。
 この反応からして、過去に何らかの経験を持つのは確かだ。
「どうして…」
「質問は受け付けない。答えろ」
「……昔は、よく、いじめられていました。けど、今は、クラスの人も優しいし、ロンが」
「ロンの他に友人はいるか」
 答えが分かる質問をあえてする。
「い、いま、せん」
「お前は、今現在でいじめの事実はないとでも主張したいようだが、では、寮ではどうだ?守ってくれるロンはいない。見知らぬ人間と二人きりで、お前が、上手くやっていけるとはとうてい思えない」
「あ、ぼ、僕は」
 リュウホウがいじめられていようと、どうだろうと僕には関係ない。相手が道了ならば自分に刃向かってこないリュウホウに手を出したりはしないだろう。それくらい理解している。しかしそれは決して対等ではない。明らかな下位だ。下僕だ。
 それが原因でロンに不利益が生じることを黙って見過ごすわけにはいかない。たとえその可能性がごく僅かであっても。
 願わくば、道了との接触は避けたい。彼が有名であっても、どれほど強くとも、過去に何があろうとも、ロンは気にしないだろう。むしろ、危ない。彼に引き寄せられる危険性が高い。道了はロンが興味を持つ境遇であり、人格だ。道了は危険だ。彼は、きっとロンに興味を持つ。道了と会話すらしたことがない僕にでもわかるほど、彼が飢えているのがわかる。きっと道了は、自分に逆らい、導く者を望んでいる。
 二人が出会えばどうなる?もしかしたら、どうもならないかもしれない。ロンは興味を持たないかもしれない。道了は何も望んでいないのかもしれない。けれど、駄目だ。危険分子は早い内に排除するに限る。

 ロンは、既に充分に傷ついてきた。
 母親にないがしろにされ、家すら追い出され、充分な金も衣類も知識も、何も与えられてこなかったロン。そんなロンが、学校でも傷つく必要などない。あってはならない。僕には、守る義務がある。
「直」
「なんだ、今重要な話をしている所だ。邪魔は…」
 直、と言ったか?
「サムライ、なぜ、ここに。というより、いつからいた?」
 僕としたことが、全く気がつかなかった。気配を殺して近づくとは、芸が細かい。流石はサムライだ。
「鋏を取りに戻って、先ほどからずっと、お前達の会話を聞いていた」
 ずっとだと?
 リュウホウは気がついていたのか?
 そう考えて、リュウホウを凝視したが、驚きに目を見開いている様子から察するに、奴も今気がついたのだろう。
「少し、過保護が過ぎるんじゃないか」
「…そんなことは断じてない」
「レイジが現れたときも、同じ事をしたのを覚えているか?」
「……僕の記憶力を馬鹿にしているのか?覚えているに決まっている」
 サムライは、一体何を言いたい?
 何を言うためにここにいる。僕に説教でもしようというのか?
「お前は、レイジの過去を調べ、本人に詰問した。しかし、レイジはロンの友人としてレイジの過去など何の関係もない。それを、あの時理解したのだと思ったが」
「今は、状況が違う」
 レイジは違う。同じ学校で、存在をよく知っていた。
 レイジがロンに愛情を持つことも理解していた。
 レイジは、
「冷静になれ」
「僕は、常に冷静だ」
「ロンは、常にお前に守られなければならない弱い男ではない。昔は、そうだったかもしれないが、今は違う。お前の保護が、ロンを弱くする」
「しかし、」
 僕の保護が、ロンを弱くする?
 そんなことはない。
 そんなことは決してない。僕は、ロンをあの家から連れ出した。僕の家で生活を送らせた。勉強を教え、食事を与えた。色々なところに連れて行った。夜は、眠りにつくまでそばにいて、僕が、ロンを、弱くしているなんて、
「ロンの友人は、ロンが決める。直、お前が決めることではない」
「………」
 そうなのか。
 そんなに、大きかっただろうか。
 ロンは、毛布にくるまって泣いていたロンじゃないのか?
「そうか、わかった」
「直」
「わかっている。…わかっている」
「あ、あの」
 急にリュウホウが口を開いた。
 今更、何を言うつもりだというのか。僕に同情など向けたら承知しない。お前に同情されるほどに落ちぶれたつもりはない。
「なんだ」
「頑張ります。僕、家のことを言われないように、言われても、簡単に傷つかないようになります…。た、道了さんとも、なるべく、せめて、会話くらいしてもらえるように頑張ります…!だから、だ、から、あの、ロンと、友達でいても、いい、ですか?」
 リュウホウの目は必死だった。これ以上ないくらいに必死だ。死にものぐるいといってもいいぐらいに、縋り付いてくるような声だった。そうまでして、僕に認められたいのか、それとも、ロンと友達でいたいのか。
「話を聞いていなかったのか?僕に断る必要などない。認められる必要もだ」
「でも、それでも、ロンと友達だってことに、あ、友達になってくれたロンに、嫌われないような、ぼ、僕何言ってるんでしょう。えと、と」
 真っ赤になって、何を弁解しようというんだ。そんな態度、僕にとってどうしようという。大体、自分の意見くらいまともにまとめられないのか。
「もういい、見苦しい、聞き難い」
「…あ、」
「とたんに残念そうな顔をするな。だからいじめられる。強くなればいい。そうしたら、認めてやらないこともない」
「は、はいっ」
 そういえば、初めてだ。
 リュウホウの笑顔を間近で見るのは。それに、目を見て話されたのも、今回が初めてか。先が思いやられそうだな。言っておくが、ロンの友人としての判断基準は素晴らしく高等だぞ。
 ふと気づいたら、サムライが居なくなっていたが、リュウホウですらそのことに気づいていなかったらしい。彼は、武士よりも隠密のほうが向いているんじゃないだろうか。
 
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