学園プリズン

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  恐怖の身体測定  


「それで、何て弁解するつもりだ?」
「すまん!!直ちゃん。忘れとった俺の責任や」
「別に良いだろ、今から準備しとけばさ」
「…何時間かかるんだ、一体」
 ヨンイルには失望する。
 ジャンケンによる公平な手段で敗北したヨンイルは、今日の放課後まで身体測定の機器を用意し、測定する紙をコピーし、各クラスに配るはずだった。その為に、授業の公欠まで出しておいたというのに。
 ヨンイルは、それをいいことに朝から図書室に籠もり漫画を読みふけっていたのだ。放課後、いつまで立っても生徒会室に来ない奴を探して、今に至っている。
「ほんまに、悪いことしたと思っとるんや!!この通り、後生や」
「許してやれよ。キーストア」
「そうだ、少し哀れに思えてくる」
 必死に土下座するヨンイルに見かねて、二人が言う。
 …まあ、今までは無理だとしてもロンとリュウホウも加われば何とかなるかもしれない。労働力が増えるだけでなく、ロンが居ることによってレイジがまじめに労働するのだから、その付加価値は計り知れない。
「しょうがない。許してもいいが、これから馬車馬のように働くと約束しろ。作業が終わるまで図書室に行くことも漫画を読むことも許可しないからな」
「直ちゃん!!もちろんや、馬でも牛でも何でもなったる!!」
「意味が違う」
 これだから低脳を相手にするのは骨が折れるというんだ。
 時計を見ると、ちょうど4時30分だった。ロンはまだか?ずいぶん遅いな。今日は掃除もないはずだが。まさか、誰かに呼び出されていじめにでもあっているんじゃないだろうな。それとも、怪我をして動けずにいるという可能性もある。


「今度こそ、ここでいいんだよな」
「うん。たしかこの前もここだったと思うけどー」
「お前、さっき2階でもそう言ってただろうが」
「だ、だって、僕方向音痴で、だったらロンが先に」
「何だよ?あ?文句あんのか?」
「ないけどー…」


 廊下から、大声で怒鳴るロンの声と、控えめに口答えするリュウホウの声が聞こえる。心配していたような事実はなかったのだと、僅かに安堵する。
 しかし、わかりやすいに越したことはないが、公共の場ではもう少し静かに話すように言い聞かせなくてはならないな。
「ロン、来たみたいだな」
「そのようだ」
「なんや、二人して迷っとったんかい」
 なるほど、そうか。納得した。迷っていたのか。確かに、この学校は中高一貫校で生徒数も多いため妙に校舎は広い。全寮制で、寮も多くあるため場所が解りにくかったかもしれない。昨日も来たのだから大丈夫だろうと楽観視した僕の責任だ。
 がらり、と乱暴にドアが開かれる。
「あ?何だよ、お前ら。みんなして黙ってドア見つめて」
「いや、廊下から声が聞こえたからさ。つーか、ロン声でかすぎ。会話丸聞こえだったぞ」
「え、マジかよ」
 笑いながらレイジは、いつものようにロンの髪の毛をかき回す。
 その隣で、リュウホウは恥ずかしそうに縮こまっている。
 いつになったら、その面倒な鬱陶しい癖が抜けるんだ。いいかげん、見ているだけで虫唾が走る。
 ロンが、邪魔そうにレイジの手を払うのと、ヨンイルが下らないことを言い始めたのは同時だった。
「ええか、ロンロン。この階によく使われる部屋なんてここしかない。せやから、声だけはよく通るんや、ここ。誰もいーひんからって油断しとったら丸聞こえってこともあるんやからな。今後の参考に覚えとき」
「今後って、何の参考にすんだよ。そんなこと」
「何のってそりゃあ…」
 くるりとヨンイルの方に向き直り、睨み付ける。
 何を言おうとしている?貴様。
 さっきから聞いていれば、下品で下劣で低脳も甚だしいぐらいに低俗な話題はなんだ!
 僕の怒りをようやくくみ取ったのか、ヨンイルは明らかに動揺して、弁解した。
「えーっと、な、サボる時とか?声、聞こえるから静かにした方が、ええでーって事とか?」
 それでいい。
「ふーん」
 ロンは納得していないようだが、そこまで気を配るわけにはいかない。また、レイジに過保護だと厭みを言われかねないしな。一体、僕のどこが過保護だというんだ。
 ソファに座り、いつの間にかサムライが煎れていたらしい緑茶をすすった。
 やはり、サムライの煎れたお茶は美味しい。

「で、今日は何するんだ?」
「ああ、明日の身体測定の会場作りと測定用紙のコピーと配布、それに、明日の役割分担だな」
 レイジが答えた。何でもないことのように言うが、結構な仕事量だ。
「そんなにあんのかよ」
 ロンが呆れたように鞄を下ろした。今日、遅くまで帰れない事を覚悟したか。しかし、これが生徒会だ。与えられた権力に相当するぐらいの労働は十分に提供している。今回のことは、元凶がいるわけだが。
「全てはヨンイルが忘れていたせいだ」
 先ほどは、土下座するほど反省していたにも関わらず、ヨンイルは呑気にどこかから取り出してきたポッキーをポリポリ音を立てながら消費していた。
「ヨンイル、何かしたのかよ」
「ちょーっとな!!ま、細かいこと気にするもんやない!よっしゃ、がんばるでー」
「え、あ、ああ」
 ロンの手を取って、一緒に万歳をするヨンイルのテンションにはついて行けそうにない。元々、普段のテンションすら意味がわからないのだからなおさらだ。
 ロンも、妙に気合いの入ったヨンイルに対して不信感を抱いているようだ。
「じゃあ、さっさと会場準備すっか。あーっと、見るからに体力のなさそうなリュウホウと、明らかに体力ないキーストアは測定用紙担当な」
「は、はいっ」
「…まあ、いいだろう。妥当な配属だな」
 ロンとサムライが一緒ならば、二人も大人しく取り組むだろう。リュウホウには、ロンの友人として色々調査したい事があったから丁度良い。
 4人は、大げさにドアを開けてぞろぞろと居なくなっていく。
「おーし、じゃあ行くぞ」
「おっしゃあ、体育館の隅から隅までぴっかぴかにキレイにしたるでぇー!!」
「掃除からする気かよ……」
「ああは言っても、真面目に掃除など出来る奴ではない」
「サムライだけかよ、頼りになんのは」
「おい、ロン。誰かのこと忘れてねぇ?生徒会長までやってて、頭脳明晰、運動神経ばっつぐんな男前のこと」
「知らねぇよそんな奴。どこにいんだよ!」
「静かにしいや、また直ちゃんに怒られるでぇ」

 そして、どこで何をしていてもうるさい3人とサムライが居なくなった生徒会室は静寂となる。僕と、それからリュウホウ。2人だけだ。

 言っておくが、僕にはロンの保護者であるという自覚がある。ロンの教育も、栄養管理も、本の朗読も、風邪の治療も、全て僕がやってきた。僕には、ロンの今後について責任を持つ義務がある。友人について深く追求したいと思うのは、実に自然な流れであるし、必然的な事実だ。


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