学園プリズン

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  恐怖の身体測定  

 昨日は散々な目にあった。入学式があったその日に生徒会活動までやらされて、しかも意味わかんねえ展開になるしレイジは何か機嫌悪いし。生徒会メンバーらしいリュウホウまで知ってる常識もない奴みたいな感じでバカにするし。最悪だ。
 今日からは、もう授業が始まるらしい。実家にいる頃は、俺はいいって言ったのに、鍵矢崎が週末になるとわざわざ学校から勉強を教えに戻ってきたから、一応授業にはついて行けると思う。一ヶ月前に寮に入ってからは、本当に毎日勉強を教えに来ている。レイジは遊びたがって文句を言うけど、俺は結構嬉しい。土日しか会えなかった鍵矢崎と毎日会えるし、勉強だってつまんないもんだと思ってたけど、結構面白い科目もある。勉強をそんな風に思えるようになったのは、鍵矢崎のおかげだと思う。
 バカな俺に理解するまでしつこく教えてくれた。漫画しか読まねえって言ったら、誕生日に歴史の漫画を何十冊も買ってくれた。お袋にとっくに見捨てられた俺を、見捨てないで最後までちゃんと面倒見てくれた。だから、そんな鍵屋崎の為にも、ちゃんと勉強しなくちゃなんねえと思った。
「ねえ、ロン。次、音楽室だよ」
「ああ」
 リュウホウも、だんだん俺のことを呼び捨てで呼ぶことに慣れたようだ。まだ、遠慮したように話しかける癖は抜けないけど、そのうち直るといいなと思う。
「歌なんて歌えねーぞ、俺。リュウホウは、得意なのか?」
「え、僕?僕も、あんまり得意じゃないよ」
「カラオケとか行かないのか?」
「えと、友達、あんまりいなかったから、その」
 リュウホウは、顔をちょっと傾けて薄く笑った。なんか、こう、幸せが薄そうな笑顔だよな、こいつの笑った顔って。もっと豪快に笑えないもんなのか?
「悪かったな」
「ううん。あ、あの、ね、ロンと友達になれて、だから、本当に、う、れしい、んだ」
「…あ、え、ああ」
 照れる。照れんだろバカ。あー、顔赤くなってないよな?あーもう、突然何でそんなこと言うんだよ。もっとこう、覚悟が出来たときに、いや、覚悟ってどんな状況だよ…。
 二人して赤くなった俺たちは、隣同士早足で音楽室へ向かった。
 
 音楽室は、ピアノを囲んで扇形のように椅子が並んでいた。好きな席に座って良いらしく、既に友達同士になった奴らが騒いでいる。男子なんて、何歳になってもそう変わらない。
 でも、このクラスは学年で一番まともなクラスらしい。比較的マジメな奴が多いから、そんなにクラスが荒れることもなく教師は喜んでいるって噂だ。まあ、所詮比較的、だけど。
「おう、ロン隣来いよ」
「お前、生徒会入ったって、本当か?」
 騒いでいた奴らがこっちに気づいて話しかけてくる。同じ寮に住んでるから、俺と同じで早いうちから入寮してきた奴らとは結構親しくなった。でも、俺がレイジと同じ部屋だって知るとなんとなくよそよそしくなるのは……まあ、しょうがないか。あのレイジだしな。
 つまり何が言いたいかっていうと、金持ちと天才の中にも、結構良い奴はいるってことだ。
 隣に来いと言われたが、リュウホウの分の席が空いていなかったので、後ろの方に座る。けれど、俺が座った席の隣にリュウホウが座る前に、アホな金持ち連中がどんどん移動してきた。聞きたいことはわかっている。さっきの返事だ。
「で?生徒会には入ってるんだよな?」
「入ってたら何なんだよ」
「うっわ、マジかよ!!」
「頼む、紹介してくれよ鍵屋崎さん。金ならいくらでも出すぞ?」
 こいつも金持ちの方か。はっきり言ってここにいる金持ちは、こんなんばっかしだ。
「バーカ、出来るわけねえだろ」
「ちっ、いーじゃんそのくらい」
「そーだぞ、ロン。独り占めしてんなよ」
 独り占めって、何なんだよ。
「いいんだよ。兄弟みたいなもんなんだから」
「マジで?」
「幼なじみとか?」
「ずっりー、お前レイジさんとも知り合いなんだろ?」
 …うるせえな。いいだろ別に、そんなことは。
「…まあ」
 騒ぎを聞きつけてはバカ共が集まってくるせいで、いつの間にか俺の周りに人が多くなってきた。どこまで話題に苦労してんだよ。そんなにあの変人集団の仲間入りをしたいってのかよ。だったら立候補でもなんでもして入ればいいだろうが!!
あれ?そういえばあいつ、どこ行ったんだ?
 ふと気がつけば、リュウホウの姿が見えない。そんなことを考えてる間も周りの煩さが増していく。
 集団の丁度真ん中にいた俺は、そいつらの間をくぐり抜けてリュウホウを探す。ミーハーなバカ共の話題の矛先はレイジの噂話に移っていた。ぼんやり耳に入ってきたけれど、ろくなもんじゃなかった。
 いた。
 リュウホウは、集団の一番後ろで、どうしたらいいのかわからないらしくウロウロと様子を伺っていた。
「何してんだよ」
「え、えと。あ、ごめん」
 何で、謝るんだよ。
「謝るな。自分が悪かったとき以外、謝るんじゃねえ!」
「あ、ごめ、じゃなくて、あ、えと、」
 見るからに泣きそうなリュウホウは、けれど何処か嬉しそうで、俺は誰かにこんな風な顔をさせるのは初めてで、どうしていいかわからなかった。
「そういうときは、ありがとうって言えばいいんだよ」
「あ、あ、りがとう」
 ほほえむリュウホウの顔は、まだどこか遠慮しがちで、でも本当に嬉しいのだとわかるものだった。
「ほら、授業始まるぞ」





 今日一日。初めての授業ということもあって、勉強じゃなく担任の紹介、みたいな感じで終わった。音楽も、好きな歌手は誰か、とか、どのような歌を歌っていきたいかとか決めるだけだった。音楽って、こんなに手抜きで良いのかよ。楽で良いよな、音楽の教師は。
「明日からは健康診断と身体測定があるから、朝から運動着で来てもいいそうです。よろしくお願いします」
「へー、楽じゃん」
「身長伸びてっかな」
「視力やべーんだよなあ」
 そんな声がそこら中から聞こえてきて、一瞬で教室がざわめいた。
 ……身長か、どうだろ、5センチぐらいは伸びてて欲しいところだけど。
「ああ、ロン君、リュウホウ君。君ら生徒会員だったよね?」
「そーだけど」
 見上げると、担任が直ぐ近くに来ていた。一瞬ビビったけど、俺は何にもしてない、と思い直す。いや、小学校の時のトラウマがな……。よく怒られたな、ガラス割ったとか、ウサギ逃がしたとか、どうでもいいことで。そんなことでお袋に連絡してんじゃねえよ。こっちがどんな目に合うと思ってんだ!
「身体測定の係は生徒会の仕事だから、今日集まるようにね」
 そう一言だけ告げて、担任はさっさと帰って行った。…そーいやこの学校、ほとんど部活ないから教師にとっては嬉しいよな。とか、どうでもいいことが頭をよぎる。

 身体測定?生徒会の仕事?保険委員の仕事だろ!そういうのは。どんだけ仕事押しつけられてんだよ。権力なんていらねえから雑用減らせ!

「だってよ」
「うん」
 リュウホウはにこにこしている。こいつは、さっきのこと苛ついたりしないのか?人が良いよな、だから苛められるんだ。絶対に根性たたき直してやるからな。覚悟してろ。
「リュウホウ、身長何センチだ?」
「えと、150センチぐらい…かな?」
「……お前好き」
「ええっ?」
 俺は思わずリュウホウとがっちり抱擁を交わした。リュウホウはやっぱりどうしていいかわからないようで、自分の手をどこにやるべきか悩んでいる。けど、そんなことはどうでもいい。ようやく出会えたぞ!チビの同士。しかも俺よりちっこいなんて、最高だろ!!リュウホウ、お前と出会えて良かったよ。
「150か。よしよし!」
「気にしてるのに……」
 リュウホウは顔を赤くして俯いてしまった。まったく、こいつ俯くの好きだよな。いつもそうじゃねえか。男なら堂々と前向いてろってんだよ!!
「おい、リュウホウ」
 両方のほっぺたを掴んで、無理矢理顔を上向きにする。リュウホウは痩せているから、あんましほっぺたに肉がついてない。なんだよ、この肌の白さは。外に出たことあんのか?
 顔を上げたリュウホウの目を見つめると、じわじわと潤んでいく。顔も、なんだか赤い気がする。
「リュウホウ?お前、泣いてるのか?は?何でだよ、俺、なんかしたか?ほっぺた痛かったのか?」
「おい、ロン。入学早々イジメかよ!」
「泣いちゃうんじゃねえの?」
 周りの奴らがくだらないヤジを飛ばしてきた。ったく、これだから低俗な教育しか受けてないやつは。……しまった。鍵矢崎の言葉遣いが移ってきてる。
「うるせえな。外野は引っ込んでろ!リュウホウ、外出るぞ」
 教室から笑い声が聞こえる。くだらない奴らだ。
 無理矢理リュウホウの手を掴んで来たけど、こいつ大丈夫か?突然泣き出すなんて、何があったんだ。
「おい、大丈夫か?」
「う、うん」
「どこか痛いのか?」
「ち、がう。ちがうんだ」
 リュウホウは、顔を上げて、まっすぐに俺と目を合わせた。こいつから目を合わせるなんてこと、初めてだ。
「あの、嬉しかった。僕、嬉しかったんだ。好きだ、なんて冗談でも言われたことなかったから。それに、手」
「手?」
 リュウホウを連れて教室を出たまま、俺たちは手をつないでいた。中学生にもなって、ちょっと幼稚だったか?
「手、つないで貰ったの初めてなんだ」
 恥ずかしそうに、言った。
 それで、泣いたのか?とは、聞けなかった。そんなことで、泣きそうになるほど嬉しがるこいつの過去が苦しかった。
 俺も、たいがい不幸な方だと思ってた。お袋は風俗で働いてて、親父は行方知らず。お袋の連れてきた男とそりが合わなくて、しょっちゅう鍵矢崎の家に遊びに行ってた。男が居ないときでも、お袋はあんまり家には帰ってこなかったし、帰ってたとしても母親らしいことなんて1つもしてくれなかった。
 鍵矢崎の家は、コンクリートの打ちっ放しで、暖かい家なんて感じはなかったけど。あいつの家っていうだけで、自分の家にいるよりも心地よかった。料理なんて、栄養バランスは完璧だっていう変な料理もたくさん食べさせられたけど、それも何か、嬉しかった。
 それが、リュウホウにはなかったんだな。
 自分の場所がない辛さは、よくわかる。そういう面でも、俺たちはよく似ている。

「手くらい、いつでも握ってやるよ」
「ほんと?」
「ああ」
「ほんとに、いいの?僕なんかが」
「ああ、ほら。手」


 リュウホウは、俺が差し出した手をためらいがちにそっと握った。そして、ゆっくりと笑った。

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