学園プリズン

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  校内巡回の罠  

 ロンとヨンイルに校内巡回を任せ、再び目安箱の中身の確認に入る。
 どうせ、ろくな意見などないだろう。一枚の紙に5秒ほどの時間を掛けてどんどん読み進めていく。
 しかし、ひどい。
 なぜ、苦情を寄せられるのが生徒会のメンバーばかりなのだろうか。
 サムライが木刀を持っていたからといって、今更なんだというのだ。それが標準装備なのだから、それに口を出される覚えはない。
 ヨンイルが図書室で漫画を読みふけっているのもいつものことだ。まったく、この程度の日常茶飯事で意見を述べるというのならば、よほどの低脳であるか学習能力が皆無の連中だろう。

「レイジの去勢希望」

 ……。これは。まあ、賛成か。しかし、僕が賛成したからといって現実にはほど遠い。しかし………いや、無理だろう。僕だってそこまで鬼ではない。

「キーストア、面白いのあったか?」
「いや、何もない」
 しまった。反応が早すぎたか?
 思わず、紙を握りつぶしてしまったじゃないか。
 いきなり話しかけてきたレイジは、不審そうに顔をのぞき込んできたが、サムライにひと睨みされるとすぐに顔を引っ込めた。いつも思うのだが、レイジは他人との距離間をもっと学ぶべきだ。
「こんぐらいで嫉妬してんじゃねえよ、サムライ」
「嫉妬などしていない」
 一言呟くだけのサムライだったが、明らかに動揺が見て取れた。
「あっ」
 小さい感嘆詞と共に、リュウホウの持っていた紙の束がばらばらと手から落ちていった。
 気が弱く、不器用で鈍くて、さらには非常に要領が悪いというのがリュウホウの特徴だと認識した。ロンの友達というから大目に見ているが、多少のいらつきを憶える。いじめられる人間の典型だ。
「あ、あの、ご、ご、ごめ、なさ、僕、す、すぐ拾います」
 リュウホウは、そう言ってかがみ込んで紙を拾い集めている。
 サムライが歩み寄ってきて、リュウホウと同じように大きい図体を縮こまらせて紙を拾った。……そうか、ここは近くの人間が拾うべきなのか。いや、単に人が良いサムライの気遣いであるという可能性もある。なにしろ武士の心得を受け継いでいる現代最後のサムライなのだから、非常識な常識を持っていても違和感はない。
 結論としては、一般的な常識であろうと、サムライの価値観であろうと、僕が拾う必要はない。どうして他人の失態を、不衛生な床に這い蹲って助けなければならないのだろうか。他人の失敗を庇う理由はないし、利益も収益もない。どうしてそんなことをするのか理解に苦しむ。
「キーストア、眉間のシワ」
「それがなんだというんだ。僕の眉間に皺が寄っていて何か不利益でもあるというのか」
 レイジは、一旦驚いたような顔をして、即座ににやにやとだらしのない表情に切り替えた。
「なんだよ、イライラすんなって、サムライがリュウホウに献身的に手伝ってるからって、睨まなくてもいいだろ」
「どういう意味だ。僕がリュウホウに嫉妬しているとでもいいたいのか?それはあり得ないな。なぜ、この程度のことで僕が嫉妬しなくてはならない。それは、


「ぎゃーーーーーーーーっ!!!」


「何だ?」
「ロンの悲鳴だ」
 持っていた紙をばらまいて、レイジは消えた。
 僕の動体視力が追いつかないほどのスピードで走っていったようだ。
 動揺する。ロンが、悲鳴?
 駄目だ、早く行かなくては。レイジを追うんだ。
「行くぞ、直」
「もちろんだ」
「お前も来るか?」
 サムライは、リュウホウに声をかけた。
「…は、い」
 リュウホウは、控えめに答えて付いてきた。顔が青白くなっているような気もするが、常の表情も青白いため判別できない。
 リリリリリ
 着信音だ。こんな時になんだというんだ。
 画面を見て切ろうとすると、ヨンイルからの電話だった。…場所を報せるためか。少しは気が利くじゃないか。…僕には到底及ばないが。
「今どこだ」
『体育館横の男子更衣室や。ちなみに言っとくけど、ロンロンは無事やで』
 その言葉に、少なからず安堵する。
「そうか、何があった」
『んー、精神的ショック…やろか』
「今すぐ行く」
 電話を切って、走り出す。
 サムライとリュウホウも後を付いてきている。
 しかし、精神的ショックだと?一体、何があった。まさか、リョウの凄まじい行為を見てしまったのだろうか。こんなにも簡単に見つかるのならば、他の奴に行かせるべきだった。
 僕たちは、無言で体育館までの道のりを走った。
 途中で、足が遅すぎるリュウホウが転んだようだが、振り返ることはない。途中、足音が増えた音を聞いたのだから、追いついたのだろう。

「ロンは?」
 ヨンイルとレイジは、リョウを捕まえて話をしている。
 レイジがロンを放っておくくらいだから、大したことはなかったのだろう。
 僕が来たことに気づくと、レイジが言う。なぜか、落ち込んでいるようだ。
「キーストア、お前。ロンにどんな教育したんだよ」
「何だそれは。どういう意味だ」
「鍵屋崎!!」
 急にロンが僕に抱きついてきた。
 というよりは、胸ぐらを掴んで来たといった方がいいぐらいのものだったが、一応は抱きついている。
「どうしたんだ、何を見た?」
 ロンは真剣な顔をして、必死に僕の目を見つめている。
「リョウが、あいつが、あいつ、男なのに、男と、遺伝子拡散作業してた!!」
「そうか、わかった。いいか、ロン。この世の中には性癖といってジェンダーの」

「キーストア」
「直ちゃん」

「何だ?」
 せっかく今から男と男がそういった行為に及ぶ場合について講義しようとしていたというのに。教育不足を指摘したのは貴様等だというのに、邪魔をする気か?

「遺伝子拡散作業って何だよ」
「遺伝子拡散作業て何や」

 そう何度も声をそろえるな。サウンドが二重になって不愉快だ。
「性行為をする際の状況を解りやすく説明したものだ。男性は女性の卵巣内に自らの遺伝子を挿入することによって受精し、受精卵が着床することによって、胎児を生成する。つまりは、自らの遺伝子を拡散させ子孫を繁栄する行為である。よって………、なんだ?どうしてため息をつく必要がある。間違ったことなど何一つ教えていないぞ」
 この天才の説明を残念そうな顔をして聞くな。言いたいことがあるのならば言えばいい。ため息をつくなどと、侮辱にもほどがある。

「あのー、僕帰ってもいいの?」

「絶対に駄目だ」
「絶対駄目や」
 脳天気そうなリョウの声と、再びシンクロした妙に堅いレイジとヨンイルの言葉がどんよりとした空気に活気を呼び戻した。

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