遅いのは誰
3
晴天に恵まれたこの日。こども達にとっては最高に嬉しく、ママにとっては最悪に苦痛である日、そう今日は運動会だった。
「まったく、なぜ僕がこんなことを…、運動は苦手だと言っているだろう」
ぶつぶつとサムライに愚痴をこぼしながら、三人もの子を立派に育て上げるママは、栄養バランスが考え尽くされたお弁当をミリ単位の繊細さをもって仕上げていた。
「直、お前の足が遅くとも、誰も文句など言わん。おまえと一緒に走るのを楽しみにしているぞ」
「解っている」
そう、こども達は三人が三人とものマザコンぞろい。今日はそんなママに良い所を見せるチャンスなのだから、張り切らないわけがないのだ。
「さあ、行くぞ。開会式は9時半だ。天才たるもの時間に正確でなければいけないからな。サムライ、早く支度をしろ一秒の遅れも許さないぞ」
「既に出来ている。直…、そんなに緊張せずとも50メートル走るぐらい何とも…」
「緊張などしていない。いくら僕が忙しさにかまけて家とスーパー以外の地に足を運んでいなくとも、今より以前に走った記憶が去年の運動会だけだろうとも、天才に不可能はない」
そう言って、二人は、いや、一人と一匹の忠犬は運動会が行われる運動場へと向かっていった。
その頃 こども達は
「なんで生徒は先に集合なんかなぁ…、気ぃ滅入るわこーんな朝っぱらから運動会なんてアホやで」
「ヨンイル、お前一週間も前から走り込んでたくせに今更何言ってんだ!」
「しーっ、まあ黙りぃや」
ヨンイルが、ロンの肩に腕をまわして二人でその場にしゃがみこんだ。
そしてニヤリと妙な笑みを浮かべたヨンイルは、ロンの耳元に口を寄せて、兄弟だけの秘密の話を始めた。
「ええかロンロン、これは作戦や。俺がやる気ないでーって所を周りに見せつけといて、油断したところをこう、がっつり抜いてやってなあ、一位をずばっと取ってやるんや!!」
「お前、そんなこと考えてたのかよ」
「俺はロンロンとは違って頭脳派やからな」
「バカにすんな!」
いつものように賑やかに兄弟らしい言い争いをする二人。今日が、運動会ということもあって、テンションも普段より少し高めの様子だ。いつも末っ子に引っ付いて離れない長男はどこにいったのだろうか。
「そういやレイジ見いひんな」
「そーいえば……あいつ、まさか。ちょっと探してくる」
ロンが走っていく姿を見ながら、ヨンイルは予想した、というか絶対に正解であろう想像にふけった。
「ロンロンのライバル蹴落としたって、ロンロンが喜ぶわけないやろ。まったく、あのブラコン兄貴は困ったもんや」
ママが来る前からこの騒ぎっぷり。体力が有り余って仕方がないらしい。そしてこの30分後、喧嘩している二人は駆けつけたママに十分お叱りを受け、図書館で漫画を読んでいたことが見つかったヨンイルは、罰として親子リレーをサムライと走らされたのだった。
運動会が始まる前から、余計な体力を使いまくってしまった直ママのリレーのタイムは言うまでもない。
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