雨の日の約束

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 しんしんと静かな雨が降る。
 家の中からではわからないほどの小さな音ではあるが、外に出ると十分に傘が必要なほどの雨であることが解る。
 朝早くのほんのり暑い気温は、夏の訪れの証である。しかしそれ以上に、しっとりと肌にしみこむような空気がその湿度の高さを、梅雨であるという事実を明らかにする。
 今は雨期まっただ中。6月。


「雨、止まないな」

 ぽつりとつぶやく末っ子のキレイな瞳には、窓の縁からぶら下がったてるてるぼうずが写っている。
 不器用な末っ子が作ったてるてるぼうずは、ぼこぼこした丸い頭が斜めになって吊されている。その表情は、何とも言えず不機嫌そうで、末っ子の心を洗わしているようだった。
 その首を吊られたてるてるぼうずがゆらゆら動く姿は、不吉な何かを連鎖させる。もちろん、末っ子がそんなことを想像することは微塵もなかったが。

「来週行けばいい」

 窓辺にべったりと張り付いて離れないロンを見かねた直は、何度目かわからない慰めの言葉を口にした。
 しかし、ロンの機嫌は一向に向上しない。
 今日は、家族で動物園に行く約束だった。しかし、あいにくの雨で約束は破談となった。
 長男、次男はまだ夢の中である。
 一番楽しみにしていたロンは、朝早くから目を覚まし、こうしてずっと外を見つめていた。

「来週、サムライが大丈夫かわからないだろ」

 ロンは直の方に向き直り、何度目かわらない言葉を返した。

「わかった」

 歩いてくる音が近づいて、ロンの頭の上から影が降りてきた。
 直がすぐ側に立っている。

「何が解ったんだよ」

「明日、二人で動物園に行く」

「え?」

 ロンは驚いて目を丸くした。
 それはそうである。
 明日は、サムライが出張で出かける日でもあり、ヨンイルが花火職人のじいさんの所に通う日でもあった。彼らの見送りを欠かさない家族思いの母さんが自分のためだけにそんな事を言うとは、ロンには到底思えなかったようだ。

「何か不自然な点でもあるか?天気予報を見てみろ。天気図でもどちらでもいい」

 直が示したインターネットの天気予報は、今日の降水確率は50%で、明日の降水確率は0%を示していた。梅雨には珍しい晴天の予報だ。

「いいのかよ…だって、二人って、レイジは?」

 ロンは、勝手ににやけてくる頬を押さえるのに必死だった。
 ロンは末っ子ということもあり、家族で出かけることや母親と二人だけで出かけることが上の二人よりも少なかった。

「朝早く行ってしまえば、レイジは起きられない。現に今、レイジは起きていないし、行ってしまえばいくらレイジといえど追いかけてくるまではいかないだろう」

「じゃあ、マジで?俺と、母さんだけ?」

「ああ本当だ」

 ロンは、他に何も言わなかったが、傍目に見ても明らかに上機嫌だった。そして、直が居間に戻っていってから、ぶら下げていたてるてるぼうずに眼鏡をくるりと書き足した。
 ちょっと不格好な、ゆがんだ眼鏡。
 
「明日、頼むから天気にしてくれよ」

 その後、昼間になってようやく起き出してきた二人の兄たちは、雨だというのに機嫌が良いロンを実に不審がったとか。



 次の日


「次、カバな!!カーバ!!」
「………なんでこうなってんだよ!」
「えー、俺ラクダがええ!!ラクダや!!」
「……だから、お前ら何でっ!!」
「諦めろロン」
「…………」
「そうだぞロン、お前が俺に秘密なんてどんな些細なことでも出来ないことになってんだよ」
「そおや。直ちゃんと二人っきりで動物園デートやなんて美味しい話、俺が聞き逃すわけないやろ」
「お前らなんて、大っ嫌いだー!!」

 そんな悪態を吐きつつも、その場の全員がロンが喜んでいることを知っていた。そして、ここに来れなかったサムライの苦悩について理解しようとする者はなかった。

 
 

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